我愛西安 観光と生活情報

西安駐在 中国旅行記

牛と旧石器遺跡 謎の塔

広西チワン族自治区来賓県 麒麟

1956年に旧石器時代の人骨が発見された

本当に 此処かなぁ 牛さんしかいない

牛さん、ここですかぁ〜 あ、逃げてった・・

通りかかった村の人に確認し 早速探検開始

山は雑草や木々に囲まれ道はありません、草をかき分け

麒麟山人遺跡 B.C.35000〜15000 旧石器時代後期の新人類

石灰岩山丘の全体に鍾乳洞が走り

この洞窟で 遺跡は発見されました。

麒麟山には いつの時代に作られたものか 

寺があり、長年 墓地山だったようで 

骨壷が至る所に 眠っていました。

あ、牛さん 繋がれちゃった さようなら〜。

同県 サトウキビ畑から見えてきた なんだろう・・

まるで廃墟のようだ・・あ、表示がある

文輝塔 創建不明 暴雨風に耐え抜いた塔内は

言葉にならない 美しさだった・・・


今日の西安 晴 6℃〜−1℃ 来賓 小雨 22℃〜17℃
広西自治区では 牛は大切な労働力 月一で牛市が開かれる

力のある大きな牛の価格は 2500元前後

牛さん、品評会にかなりストレスが溜っています。

あ、牛より 私の方が珍しいらしく 集まってきた

この牛、いい尻して力あるよ、買わないか? 

牛車に揺られ旅をする〜いいなぁ ほしい!!



※ 早朝、今回の秘境地の旅 最終目標の雲南省に出発します。
乗り継ぎ奥深い地へ 〜更新が 遅れると思います。

太平天国の乱 無名の英雄先生

清がアヘン戦争(1840〜42)のちアロー戦争(1856〜60)苦戦時

国内では太平天国の乱(1851〜64)が起こった。
洪秀全を天王としキリスト教の信仰を紐帯とした組織

金田武装蜂起遺跡 広西チワン族自治区桂平市金田村

アヘン戦争による多額の戦費と賠償金の支払い
重税となって農民の生活を圧迫 暴動や反乱が起こった

北伐へと 貧富の差のない世を目指し(上は共産党スローガン)

広西省を中心に布教 貧農や鉱山労働者・炭焼き人夫
貧しい人たちの中で信者を獲得していった

平等な社会を目指し 夢を語たりあった場所は各村に残り

敷地内には 練兵場跡、陳列堂があります。

洪秀全は幼少の頃から聡明 村の塾教師となって
貧困のため、読み書きできない人々の教育に勤しんだ

そして 今を生きる無名の英雄 ラオ先生

金田村出身 幼少から優秀で北京の大学へ進学
卒業後 北京で教師をし結婚、出産。子どもが成長し

故郷の子ども達に 学問の大切さを伝えたいと

家族を残し、ひとりで帰郷、学校に寝泊まりし

子ども達と 共に過ごしている

学校には水道施設がなく 農業用水をバケツで運ぶ

先生と一緒に作ったほうきで 教室を掃除

脈々と伝わる 教師達の情熱が

子ども達の瞳を キラキラと輝かせ
太平天国の精神は この地に生き続けていました。


今日の西安 晴 5℃〜0℃ 桂平 小雨 24℃〜15℃
大成国王府遺跡 清朝の17世紀後半 華中南地域に

天地会という秘密結社勢力が広がったが

香港にいた英軍が 清を援護したため敗れ
この地に大成国を築いた 王府の石段、土台が残って

あ、わんこが覗いている〜。

 広西チワン自治区 道ゆく風景

広大な大地 車窓から見える風景

村々を回る 獅子芸人

農村の副収入 手作り笊満載

丹念込めて育てた豚が 出荷される光景

いつでも手を挙げると乗せてくれる 三輪バス

生産量65%を占めるサトウキビの積荷 

サトウキビは水代わり クチャクチャ噛み甘い水分を吸い

吸い殻を吐きだします。みんな大好き 水分補給〜

野生バナナ こんなにバナナって美味しかったんだ

大地の恵み 収穫風景

肥沃な地は心まで大らか すぐに声をかけてくれます

刈入れ作業 おひる時 通りかかると

一緒に食べていきな 〜ご飯をついでくれ

おかずは 豚肉と地元の豆、瓜と青菜の煮込み

みんなで食べると美味しいね〜 

そして 中国最大の少数民族チワン族の原住地 

東南アジア風の辛い麺 種類も豊富

チワン伝統の漬物が何種類も入った辛酸麺 豚足入り

豚の皮をカラカラに揚げ ここでは麺は米から作ります

ふぅーとっても辛い・・ あ、子どもは平気で食べている〜


今日の西安 曇 4℃〜−1℃ 来賓 雨後曇 20℃〜9℃
広西チワン族自治区貴港市平南大安鎮 

大安古建築遺跡 1600年代の古建築群が広がり 

大王廟 この地の仏教寺として最古のもの

日本のみなさん 是非お越しください 〜受付の人から

 謎の遺跡 塔のある小学校

広西チワン自治区 岑渓市南渡 

知り合った長寿が案内してくれた遺跡がある南渡小学校

放課後 門は閉っていたが 鶴の一声 門は開かれた

何だこれは・・ これが小学校の中・・

あ、本当に学校だ、教室が端っこに

トウ公廟 創建明代 廟を守るために学校を建てたんだ。

子ども達の中 いつまでもこの地を 守り守られ

おじいさん 連れて来てくれ、ありがとうございました。

会えなかったけれど 子ども達 勉強頑張ってね!

そして もうひとつ 連れて行ってもらった場所

ウェイ阻公 973年に南義州3県は岑渓県に統合された時

渦巻の川から渡ってきたウェイ一族が開発に勤しんだ記念碑

東塔 桂平市尋旺村 東塔小学校内

看板から農道を30分位 歩きます

のどかな農村 隆鎮を通り のらちゃんがたくさん 

みんな驚いて〜でもとっても親切 塔は村の学校の中だよ

本当だ、塔が小学校の中に 丁度休み時間、覗いてみよう〜

うわぁー 日本人だって!!

教科書でしか知らなかったけど 私達とおんなじ顔だ

一緒に大はしゃぎ すっかりお友達になりました

塔創建は明代 謂れ不明 管理者の地元語が理解できず

塔の中は狭く、きゅうな階段ですが上まで登れます

子ども達の校舎が、反対側に九江のひとつ潯江が悠々と

塔は灯台の役割をしていたのかもしれません

子ども達、ありがとう 授業始まっちゃうよ〜

学校前の商店 先生も生徒も此処で買い物を
放課後は 賑やかなんだろなぁ〜。


今日の西安 小雪 4℃〜−2℃ 今冬は冷え込みが厳しいそう
広西チワン自治区・来賓 曇 22℃〜16℃ サトウキビ収穫真っ盛り

村で唯一の冷蔵庫 阪神タイガース 
甘いアイス 子ども達の夢がいっぱい詰まっていました。

 時代が交差する 騎楼の梧州

広東省から広西チワン自治区の玄関口 梧州 人口305万人

19世紀に造られた騎楼建築

高温、多湿の気候に適応した美しい街並み

西江、郁江、桂江の合流点であり古代文明が栄えた。また
鑑真(がんじん)がここから海南島に渡り奈良へ向かっている

梧州龍母太廟 北宋朝初期 近年改装済み 入場料30元

中山記念 中国で数ある中山記念堂の中で一番最初にできた
孫文が北伐を興すため、交通要衝梧州で軍事会議を三回開いている。

そして梧州には 11月27日記載した木鐸沖旧石器遺跡現場の他に
安平新石器遺跡があるときき 向かいました。

梧州安平鎮 訪問者にみんなびっくり 

バスの中から 何処行くの〜声をかけてくれ

本当にここは有名なの?女の子の輝いた目が忘れられません

そして ここが安平新石器発掘の現場

発掘作業で掘り起こした土を煉瓦を作るために 濾していた 

男手は出稼ぎに出ているので女性だけ「遺跡?関係ないよ」
何だか遺跡を探していることが恥ずかしくなりました。

梧州岑渓市 漢代は南越国の領域に含まれていた

花果山古墓群 漢代の墓跡 後も墓場であったようで

発掘作業中に壊されたのか そう古くはない骨壷の欠片が・・

村の人にとって 歴史も遺跡も何の価値もないのを痛感

でも 気を取り直し 次回は村の長寿が連れて行ってくれた
秘境の歴史遺跡を 記載します!




今日の西安 煙 7℃〜1℃ 排煙と黄砂で煙っているよう。
広西チワン自治区 来賓 曇 26℃〜9℃ 乾燥しています。
今日は一日休息しています。ネットサーフィン〜

でも ・・繋がらない日本のサイトが多い・・

町で大量に配布されている エイズ検査を勧めるパンフレット 
売血や注射針によるエイズはかなり深刻です。

発展・・貧困地帯の小学校

広西チワン自治区真ん中 内陸の道をゆく


改革開放 名のもと 自治区内の町々

美しい田園風景も 発展真っ只中・・

開発に伴い 大気汚染も深刻

・・・生活苦からの森林伐採

発展と貧困が交差する

村々には お年寄りが残され

若いちからは 発展に貢献し労働力とし出稼ぎに

何処に行っても こどもは元気いっぱい

そして 自治区内陸の小学校の子供達

山奥の少数民族の村から 山間の小学校で生活する

子供達で 火を起こし炊事

ちからを合わせて煮たきします

水は近くの川に 順番に汲みに

無邪気で可愛い子供達 見知らぬ訪問者におどけてハシャギ

女の子の唯一の遊び道具 みんなで作った縄跳び

男の子は自作メンコで遊んでいました

みんなで暮らす部屋 ひとつのベットに三人一緒

女の子の部屋は 少女らしい可愛いタオルが

みんな いつも一緒 とっても仲良し

勉強も 一生懸命頑張っていました

私には張りぼてにしか見えない・・街がどんどん造られ

底なしに対中ODA 草の根という名の無償援助

そんなものと 全く無縁な人々の暮らしが溢れ

子供達との 別れに寂しさと 

ことばにならない一抹の虚しさがつきまとい・・・


今日の西安 晴 8℃〜−5℃ 乾燥が厳しいそうです。
広西チワン自治区・来賓 26℃〜8℃ 寒暖の差が堪えます。

一帯の地形 無数の山々が続く 無名遺跡を多く発見し
また人々の困難な生活にふれ 心がふるえ・・。

ひとり旅を続ける私に 色々な場所で助けてくれる友人ができ

家族が現れ 誰も知らない秘境地へ案内してもらい

優しいひとたち 巡り合い、囲まれて

※次回から此処までの足取り、立ち寄った町 遺跡を記載していきます。

少数民族の村へ 日本のルーツ

広西チワン族自治区 約5万年前の旧石器時代 
柳江人、白蓮洞人の活動地域

梧州市にも 旧石器木鐸遺跡 広信県新石器遺跡など

大量の出土品が発掘され その場所に行くのに困難を極め

何度も迂回、 前の車から煉瓦が飛んできたり

梧州市長州竜華村 約4万〜5万年前の旧石器遺跡が

チワン族の移住区 滅多に外部者は来ないので 

驚かれ、怖がられ ・・どうしたらいいんだろう・・

あ、向こうで縄跳びをしている

みんな こんにちは! 一緒に遊ぼ!

日本の子ども達とおんなじ笑顔 無邪気で可愛くて

子ども達と打ち解けたおかげで 皆笑顔になり

出土現場を教えてもらえました。

あ〜みんなついてくる 〜笑

野犬がごろごろ かじっちゃあだめだよ〜

一時間位歩き 子ども達は疲れたのかな、村に戻り

ここが石器が百単位で発掘された現場らしい
出土品は都市部の博物館に保存、展示され 
石碑位建ててくれればいいのに・・村から出た宝なのに・・

そろそろ出発の時間 あれ、子ども達、何をしているんだろう?

一斉に ・・かえっちゃあだめ!!・・とおせんぼ

涙が溢れ 後の写真は撮れませんでした。

子ども達の置かれた立場、環境

わたしは 一生涯 子ども達を

忘れることはできません・・。


チワン族・壮族 チワン族は古代から中国に住む
最大の少数民族 言語はカダイ語族に属するチワン語
話すが同化政策がすすみ母源語は急速に忘れ去られている。


今日の西安 晴 7℃〜零℃ 玉林 曇 29℃〜17℃
これは チワン族の村で売っていた落雁

まったく日本のらくがんと同じ味 歯触り
風習や顔や体系が 何となく日本人に似て 
懐かしさが ・・もしかして日本のルーツ?